さて、先日、ちっとも盛り上がらない国際女性デーのお話しをしましたが、目下の世界情勢では「それどころじゃない!」と言われそうですね。
でも、今でこそジェンダーギャップ大国(成績悪いってこと)の日本ですが、歴史を振り返ってみると、決してそうでもありません。
現存する世界最古の長編文学は日本の女性の手になるものです。(「源氏物語」・紫式部)
これは、単発的な現象?ではなく、平安時代中期のほぼ同時代に、随筆の「枕草子」・清少納言、和歌の和泉式部…と綺羅星のような名前が並んでいます。
残っているのは、これらの作品といくらかの歴史資料だけですが、この方々の有り様は、今の女流作家というよりも、宮廷のキャリアウーマンとしての側面が大きいと私は思います。女官(国家公務員)ではなく、中宮や女御の女房(トップ企業のエグゼクティブ?)として宮廷に登場しているのです。
いずれも、身分的には中流貴族の出身…もちろん、その傑出した知性で、主人である中宮様や女御様のイメージアップに貢献することを期待されての抜擢であったはず…。
では、彼女らはどうやってその知性を身に付けたのか…そもそも、官吏となる中流以下の貴族の男子のための学校がほんの少し、それから、大きな寺院(対象はもちろん男子オンリー)が知識の習得可能なわずかな場所だった時代です。
答は、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、彼女たちを教育した家庭教師は、お父さんでした。いずれも、高名な漢学者(紫式部の父)や歌人(清少納言の父)ですが、宮廷の役人としては、やっと中流(たまに国司に任命される程度…)で、あまりうだつの上がらない感じでした。それでも家業?の興隆のため、素質のある子どもには、女子であっても教育を授けてみたら、ヒットした!というのが実態ではなかったかと思われます。(実は、彼女らの男兄弟は軒並み残念な感じです。)
このような雑学は、あまり受験には役に立たないかも知れませんが、少なくとも、古文や歴史の授業に少しは興味を持てるかも…と思って書いてみました。
「女性はどう学んできたか」杉本苑子・集英社新書には、他にも超エリートの女性天皇や、江戸時代の現実的な教育ママなど、面白いネタが一杯です。ただし、1999年の出版なので、古本で探すか、図書館を当たってみるしかないかも知れません…。
神戸市灘区(六甲と六甲道の間)で、小学4年~高校3年の女子対象に個別指導を40年続けている
ATHENE(アテネ)の塾長 櫻井久仁子
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